子どもたちの心に届けたいのは未来の笑顔につながる「できた!」

命日

今日は父の命日です。

亡くなったのは、今年29歳になる上の娘がちょうど高校受験の年。

 

娘の受験のことを気にかけていた父は、死期を感じながら娘の試験とお葬式や何かの時期が重ならないかと気にしていたようだと、後から母に聞きました。

 

前日の夜に様子がおかしいと母から連絡があり、明日のレッスンは休みにさせてほしいと生徒さんに連絡をして翌朝。

 

病院に向かう朝一番の新幹線から見える風景は真っ白で、視界がほとんどない猛吹雪。

 

私が病院に着いた時にはすでに息を引き取ったあとでした。

 

「何もこんなひどい天気の日に逝かなくても…  あんたを待たずにさっさと逝っちゃって」と母。

きっと受験とかぶらないように、急いで逝ったのかなと思います。まったく父らしい。

 

肺がんの宣告を受けてからずっと覚悟はしていました。

でもいざ動かなくなった父と向き合うと、それはもう何ともいえず心の中を引き裂かれるようで。

電話をもらってすぐに家を出れば見送ることもできたのにと、すぐに病院に向かわなかったことを後悔しました。

 

最後に父に会ったのは、家族で帰省したお正月。ベッドの上から力ない笑顔で手を振って見送ってくれたのが父の最後の姿。

 

 

父からはたくさんの物を与えてもらいました。

洋服におもちゃ、くつにランドセルに文房具。

本当に数え切れないくらいたくさん。

 

でもそれらはすべてなくなりました。

 

物って残らないんですね。

 

でもたったひとつ残った物があります。

それは今教室にある、小6の時に買ってもらったグランドピアノ。

形見になりました。

 

 

父はよく、身に付けた技術っていうのは絶対に他の人がとることができない。どんなに頑張っても他人が盗むことができないんだと言っていました。

それは手に職ということだったんだと思いますが、

車の整備士だった父は、その技術で私と妹を育ててくれました。

 

私が父に与えてもらったのは、本当はピアノではなく技術だったのかな。

 

そのおかげで今、私はこうしてピアノ教室を開き、生徒さんたちに出会い、仕事をすることができています。

  

今日はあの世から、母と私と妹と、そして孫たちを見守りながら、父は何と思っているのでしょう。

 

今も父に守られているような気がしています。

親とはありがたいものですね。

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